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急性期・亜急性期の当事者に、脳の委縮などを最小限に抑えるため周囲ができることとは

 投稿者:匿名希望  投稿日:2018年 2月25日(日)05時43分9秒
  若い成人家族が交通事故に巻き込まれ重傷頭部外傷を負い、瀰漫性軸索損傷の診断を受け、高次脳機能障害ほぼ確実と告知を受けました。

現在はまだ譫妄の状態ですが少しずつ発語も見られ、発現している言葉は少し乱暴ですが、言葉選びが上手く行っておらず本人ももどかしいのではないかと思われる様子がうかがえ、少しでも伝えたい内容を読み取ろうとしている段階です。

搬送されてまだ二週間ということで、一般的にはまだ急性期にあたると思います。

色々調べてみると今後或る程度症状が固定されるまでに脳萎縮などの変化が見られる場合もあるということで、少しでもそうした影響を減らすために家族としてどういったサポートができるか考えています。

回復・維持期などの対応については方々で情報を得ることができるのですが、症状が固定されるまでの間の適切な対応については殆ど情報を得ることができず、説明も様子を見ましょうと言うばかりで困っています。

そういったことは病院にお任せしておくべきなのかも知れませんが、非常に高いストレスを強いられる状態にいる当人の状態を見るにつけ、勝手な考えとは思いつつも、緩和のために何かできないかと思わずにはいられません。

そういった中でこちらの掲示板を見つけ、当事者の方やご家族の方・支援者・医療関係者の方含め、あわよくば経験者の方々のお話を聞くことができればと思い、投稿致しました。

もし不適切・不快な内容であったり、見当違いの行動を起こしていると感じるものでありましたら、申し訳ありません。
 
 

福祉って何だろ

 投稿者:ダルマ  投稿日:2017年12月 9日(土)16時19分26秒
   昨今は福祉事業で働く人の事がテーマアップされる事が増えています。
私も行政の福祉サービスを受けてリハビリを頑張っています。
ただ、この中で強く感ずる事は福祉に携わる方々は当事者に対して常に上から目線の言い方と態度です、民間のデイサービスもしかしスタッフは上から目線で対応している方が殆どです。
もしや、「ナナ」の皆さんはどうかと思う事もしばしば有りますが如何でしょうか。
知らぬ間に、やって上げている面倒を見て上げているになっていませんか。
そこで私は福祉とは何かを真剣に考えました、色々な考え方も有るようですが、リハビリとは現状よりも機能を上げる事と思いますが、福祉とは「自立した生活が出来るように支援する事」と
認識しています、行政は口を開ければ福祉・福祉と言っていますが、その内実は形が出来て魂入らずが現状で、それを本来の福祉にしようとする動きさえ有りません。
現行の財政難りの中でのご苦労は理解出来ますが、根本の考え方が全く福祉とは程遠い状態です。
皆さんはこの事を真剣に考えて本当の福祉にされようとしていますか。
ナナの会も形骸化して魂が抜けている事は有りませんか、最近は安倍総理も「該当者に寄り添って」と言ってますが、寄り添うはどういう事か分かっていっているのかと疑わざるを得ません。
日本の福祉は良くなったと言われていように思えますが、それは表面だけで、福祉という根本を考えればむしろ逆光して悪化していると思えます。
福祉に関わる方は本当の福祉とはを良く考えられ吟味もして在るべき姿の福祉を目指して欲しいと願わざるを得ません。
カナリハは七リハと合併して事実上の大巾縮小をしています。
神奈川県の福祉はこの面も後退です、影響力の有るナナの会の活躍願うものです。
 

(無題)

 投稿者:無記名  投稿日:2015年 4月15日(水)17時54分55秒
  ナナって、サイテー  

(無題)

 投稿者:  投稿日:2015年 3月 9日(月)00時36分2秒
  違いを受け入れる。これどの障害者にも男女共同参画でも重要だと思う。
障害者の為のバリアフリーデザインが、妊婦にも高齢者にも使えるユニバーサルデザインになる様に、みんなに優しい社会になる事を祈っています。
みんながwin winの関係。
その為には、色々な人に高次脳機能障害と云う障害を知って欲しい。
もちろん高次脳機能障害の家族会のナナさんには、知能指数が100以上あっても、社会との違和感を感じている高次脳機能障害者もいて、何しろ生活や仕事の些細なバランスを体得するのに健康な人の何倍もの時間が必要。

ボランティアが当事者に命令するのが当たり前になっているけど、
自分で選択させるって、生きる張り合いにもなるし、責任感もの出て来るから、大切な事だと私は思う。
選択する自由を障害者にも与えて欲しい。
本来なら『こう云うやり方もあるケド、それは一つのやり方当事者して選択肢に入れたらどうかな』みたいなアドバイスの仕方を求めるのは、ナナさんには無理ですね。
答えを教えるより、考えさせる&考える力を養う方が、当事者の為。
それが障害者支援ではありませんかね。
 

(無題)

 投稿者:りんご  投稿日:2015年 3月 2日(月)01時23分49秒
    担当だったケアマネも、何の連絡もなく30分遅れて来て謝らないのは当たり前。
  そこの事務所に文句言っても、障害者のあんたはどうせやる事ないんだから、忙しい私に合わせなさいって感じ。
   だから事務所毎変えた。

    障害者を支援するべき所、ケアマネ事務所も家族会も、障害者当事者を自分の都合に合わせて良い気になっている所や人が多い。

    日本経済の発展を担ったと、バブル経済を作って来た自負がある為、下らない馬鹿みたいなプライドを持っている団塊の世代がご自分の老化現象を直視するのを誤魔化す為、こう云った自称障害者支援をしているのだから、まともに取るだけ無駄。
ここの家族会って、かなりの高齢者ばかりが目立つ。
まだまだ自分は人の役に立つのだと、悪足掻きしている様に感じる。


  
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2015年 3月 1日(日)12時08分55秒
  症状が改善して行っても、完治と云う事はありえないから、また違った悩みが出て来る。と、確かナナ関係で読んだ。
私は事故前プログラマーやっていたから、パソコン関係はそこそこできる。ただ今の時代のパソコン機能に付いて理解して習得するのに時間が掛かるが、パソコンの仕組み自体は自転車乗るみたいに体得している。
今、縁あって接客業をやってますが、同時期に8人~10人のお客さんに注意を向けなきゃいけない。とか、最終的には1人で回せる様になって欲しい。とか、最初は『私には無理』だったけど、職場の人達は箇条書きでチェック表を作ってくれたり、
『どうして無視するのかな』
と、私が他スタッフに言われる事が多かった時、
『馴染みない単語が多い言葉は雑音として脳内で処理してしまい注意力が行かないからじゃないか、無視しない為には、先輩達がよく使う言葉の意味が解れば注意力が行くと思います』と、私が伝えると、少しずつ専門用語を教えてくれた。私も意味が解って来ると、楽しい。
    お客さん達も顔馴染みになり軽口を叩き会える間になって来た。
    それこそ『同じ人しか来ないンだから、よく来るお客さんは覚えてよ』と、言われ、毎日よく来るお客さん100人弱を覚えるなんて無理だったけど、会話する時にお客さんの名前を入れる様に話したり、お客さんの人柄や生き様に興味を持つ様にしたら、覚えるのが楽しくなって来た。
これ凄いリハビリになっていると感じるし、仕事が楽しい。
障害者本人が楽しんでいるかが重要だと思う。
多分、また知能指数の検査したら、上がっていると感じる。まぁ約1年前も100以上あったが、こんな仕事やってリハビリしてンだから、それより上がってるよ。
以前、作業所で落とされて、結果的には良かった。
高次脳機能障害の講演で『当事者には成功体験が大切』だとよく聞くが、
・失敗してもそれは途中経過なんだよ。
・同じ失敗をしない様にすれば良い。
・どうすれば失敗しないか?
・やらないで後悔するより、やって失敗した方が価値が高い。
    と、私は日々思っている。
    だから、私は失敗しても良いと思うし、そこから這い上がる術を身に付ける方が大事だと思う。



 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2015年 2月15日(日)01時46分50秒
  家族にしても当事者にしても、ナナの人達って、悩んでいるだけに思う。家族は悩んで悩んで怒るのが、家族としての美徳。
当事者が実際に行動してもナナの枠内。
カゴの中の鳥は、いつ迄経ってもカゴの中。




 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2015年 1月25日(日)08時56分28秒
  障害者当事者が自分の障害を理解し受け入れているのは、障害者雇用では可成大きな採用ポイントになると改めて思った。
家族が本人に上手く伝えていないケースも結構ある様だが、家族自体が受け入れなければ、当事者が社会に携わって生きて行くのは不可能と表現しても過言ではないと思う。
だからあちこちに障害者の会が存在し、家族をフォローするのも理に適った事だが・・・。
私に取って、ナナは合わない。結局、障害者手帳も神奈川県内の病院では取れない=そこらの一般人は私の障害を理解できない。あちこちの病院の脳外科や神経科すら「あなたの何処が障害者なのか?」だから、一般人に理解してもらう事は諦めた方が無駄な労力を使わなくて済む。
今私の障害を理解して働かせて頂いている職場は、障害者手帳も取れていない時、自分で自分の障害を説明して採用に至ったが、ぶっちゃけ私の職場の上に立つ人が何にでも前向きに挑戦して行く方で、高次脳機能障害に付いての知識も一通りあり、私の他のスタッフさん達も何らかの障害や問題を抱えている人が多い。手帳関係なく雇用しているから、どんな人でも本当に人が好きなんだなぁと、感じる。そう云う職場に巡り会えたのは、ラッキーなのかも知れないが、今迄何十件もの職場で解雇になって来た経緯がある。
解雇され続けた時期は、自分の障害を具体的に解り、障害者だと受け入れる時だったと考えれば、無駄な経験でもなかった。
障害者は自己選択、自己決定をする機会がなかった。だから自分で決める習慣がないとの意見もある。
私は事故前から他人に命令される事には猛反発を抱く。それは私の性格だろ? だから障害者当事者に命令する事が当たり前になっているナナとは、合わない。
元々自分の子供達にも幼少の頃から命令するのではなく、一緒に考える事に重点を置いて来たし、今でも実行している。
私は言葉を話す事は苦手だが、こうして携帯やパソコンを操って意見を主張できる。が、日常生活で健康な人達に支配される事も多かった。
障害者の人権に対して、もっと沢山の人に考えて欲しいと思う。
障害者は動作等がゆっくりで周りはイライラして余計な手を出したがるが、障害者本人が選択して自分で決める事が、本人の幸せに繋がる事を改めて見直して欲しい。
人間は自分の解らない事に対して不快感を示すと思う。障害者=理解できないから除外。法定雇用なんて何だか良く解らない、何から手を付ければ良いか解らない~と、云うのが企業側の本音だろ?
ナナに求める事は、高次脳機能障害の啓蒙活動。だが、神奈リハの自慢話しで終わらない様に、もっと高次脳機能障害者本人がクローズアップされる事を願う。

 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2015年 1月24日(土)08時43分53秒
  事故前の姿に家族自身がしがみ付いて、今の現実を受け入れ難くしている高次脳機能障害の人の話しもよく聞く。
それは、本当は知能が低いのに普通学級に無理矢理入れて、子供が無理してしまうのと殆ど同類だと思う。 養護学級だろうが、子供自身のそのままを受け入れてくれるなら、私はそれはそれで子供の福祉だと考える。
現に私の子供の1人は、子供の色々な問題があり幼稚園には行かせていない。これは児童相談所の専門家にも携わって頂いた。小学校も最初は特別学級だった。が、小さい頃に無理させず適切な対処ができたから、今は全く普通の人。
    私には変なプライドを持つ家族がいなくて、本当に良かったと心底実感している。
 

(無題)

 投稿者:  投稿日:2015年 1月23日(金)07時54分1秒
  追伸、私は普段ちゃんとお化粧したり、被り系の服が多いけど、適当に見なりも気にしている。他の当事者さん達と会っても余りお化粧している当事者さんはいない。それだけ余裕がないンだろうが・・・。
私だって、面倒臭く感じる時もあるが、接客業だし、見なりを気にする事もリハビリだと思っているから、適当に薄化粧して、透明マニキュアもしている。
が、当事者を支援してあげると得意になっているボランティア、ノーメイクだったり、時間に遅れて来たりして、何方が何方かよく解らなくなる。
が、最後の方では「あなた相変わらずブラウスなんかの前ボタンの服苦手なのね。それ高次脳機能障害だから」と、こちらの弱味を指摘する。
 

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